白石 篤司氏

譲渡企業:株式会社diffeasy
  譲受企業:iBankマーケティング株式会社(株式会社ふくおかフィナンシャルグループ傘下)

新規事業のためにM&Aへ。泥臭く社会課題解決をし続けたい!新たな事業へ挑む

2011年にお米屋の白屋.を創業。稲作農業でお米の生産から販売チャネル拡大に成功し創業10周年を超え[米粉チュロス]の販売など事業拡大中。 2015年に株式会社diffeasyを兄弟で創業。同社のCOO、CHROとしてSaaSの立ち上げやシステム受託開発の責任者として複数プロジェクトのPMを経験。2021年に株式会社ふくおかフィナンシャルグループに売却。2021年にiGamingを提供するAugusta Games Ltd.をアイルランドに創業。同年に撤退。 さらに同年に白屋.の予約/売上管理システム「My-yoyaku」のβ版を開発しプログラマ人生を開始。 2022年に人とシステムの調和を図り、社会課題に真っ向勝負したいと考え株式会社straightを創業。同年straight world LAB inc.をフィリピンに子会社を創業。2023年セブ島在住で3児の父。元プロキックボクサー(得意技は右ストレート) 、常に新しい経験と刺激を求めて挑戦中!!

譲渡企業

会社名
株式会社diffeasy
事業内容
■受託開発事業 ■スポーツ大会運営サポートシステム「大会運営 向上心」 ■在宅医療専用スケジュール管理ソフト「CrossLog(クロスログ)」 ■目標を可視化して達成へ導く目標管理ツール「目標達成マンダラート」

譲渡内容

譲渡額
非公開
譲渡範囲
非公開

EXITERの経歴

氏名
白石 篤司
経歴
2011年にお米屋の白屋.を創業。稲作農業でお米の生産から販売チャネル拡大に成功し創業10周年を超え[米粉チュロス]の販売など事業拡大中。
2015年に株式会社diffeasyを兄弟で創業。同社のCOO、CHROとしてSaaSの立ち上げやシステム受託開発の責任者として複数プロジェクトのPMを経験。2021年に株式会社ふくおかフィナンシャルグループに売却。
2021年にiGamingを提供するAugusta Games Ltd.をアイルランドに創業。同年に撤退。
同年に白屋.の予約/売上管理システム「My-yoyaku」のβ版を開発しプログラマ人生を開始。
2022年に人とシステムの調和を図り、社会課題に真っ向勝負したいと考え株式会社straightを創業。同年straight world LAB inc.をフィリピンに子会社を創業。
2023年セブ島在住で3児の父。元プロキックボクサー(得意技は右ストレート) 、常に新しい経験と刺激を求めて挑戦中!!

プロの格闘家から起業家へ

若いうちは格闘技に没頭していました。
幼少期に体が小さくいじめられていて、強くないと生きていけないと感じ15歳から始めた空手は、相性が良かったのか、始めて1年後には白帯ながら黒帯の人に勝利できるまで実力がついてきました。格闘技に夢中になっていく中でK-1に憧れを抱き、格闘技で生きていくと決意しました。
高校生からK-1選手になるという夢を持って、18歳からはキックボクシングの道に進みます。大学進学後は学業と格闘技を並行して行っていましたが、21歳の時に首のヘルニアを発症。K-1組織も衰退傾向にあると判断し格闘技の道を諦める決断をしました。
格闘技で生きていくと決めていた私にとっては、「将来どうなりたいのか。」自身のキャリアについて真剣に考えるタイミングになりました。

四国八十八ヶ所お遍路巡りをする中で、プロの格闘家になりたかったのは、やりたい事をやることでお金を稼げるという点に魅力を感じたからだと気づきました。「やりたいことを自ら意思決定でき、金銭的にも豊かに生きたい」という自身の気持ちが明確になったことで、サラリーマンではなく経営者にならなければならないと自身が歩むべき道が鮮明になりました。「25歳までに起業をする。」と決めて、起業するまでに人を扱う能力と経営に関する能力を養う必要があると感じました。
就職活動のタイミングになり、経営コンサルティングと人事コンサルコンサルティングの会社に絞って面接を受けて、ご縁がありヒューマンホールディングス株式会社に就職することになりました。

入社後は人材紹介・派遣、企業研修の営業担当として、周りの助けを頂きながら1年目で九州エリアで営業成績1位となり、上海駐在員に選任されました。上海では文化の違いもあり、最初から相手の懐に入って距離を縮めなければ案件を獲得することが出来ませんでした。ビジネスとして日本と中国の違いを体験できたことは財産となっています。

駐在員になり少し経った頃に祖父が脳梗塞で倒れ、「先祖代々伝わる2,400坪の農地をどうするか」という問題が発生しました。祖父としては継いでほしいという想いはあったようですが「売るか貸すかしなければいけない」と残念そうに言っていた姿が印象的で、その規模で生計を立てるのは難しいと分かってはいましたが、私が引き継いで農家として起業することを決めました。そう伝えると祖父も大変喜んでくれて、農業に関する知識を私にたくさん教えてくれました。

個人事業主として独立

会社員時代に貯蓄した500万円で、米農家『白屋.』として独立しました。

最初は「米業界のユニクロ」を目指して、安く大量の米を販売する戦略に出ましたが価格競争に勝つことができず失敗に終わります。そこから路線を変えて、高付加価値戦略で米のブランディングを行いました。
独立から1年目で貯金の500万円が底をつき、1,000万円の融資を受けましたが、設備投資を行った事で融資を受けたお金も無くなりかけていたのでアルバイトをしながら苦難の時期を乗り越えました。

農業市場は既得権益が強く、レッドオーシャンの市場と言えます。
既定の販路になっていた農協には米を卸さずに、独自の販路開拓を行いました。また、自前の田んぼでは出荷量に限りがあるため、農協にお米を卸していた農家から米を買うことによって安定した出荷量を確保しました。生産者がわかる状態で米の販売を行い、取引先からの信頼を勝ち取れました。また、生産者に取引先の声をフィードバックすることで、生産者のやりがいに繋げることができて良い循環が生まれました。しかしながら、農協からは良く思われてはいなかったので、同時にやりづらさもあり地元ではなく福岡市内で販路開拓をしたことが転機となり、取引先も増えていき3年目からは右肩上がりで成長していきました。
成長過程で組織の仕組化を進めていきまして、現在は幼馴染の友人(副代表)に事業を任せることが出来ています。

株式会社diffeasyを兄弟で創業

独立から5年目で、第2の事業としてスケールビジネスを検討していました。
その頃にIBMで働いていた兄が、脱サラをして起業をするということで起業の相談を受けていました。話を重ねていく中で、兄から「一緒に起業をしよう」と誘われ、2015年に株式会社diffeasyを共同創業しました。

diffeasyでは受託開発を行って日々の運転資金を稼ぎながら、毎年2、3事業立ち上げては事業化するか検証していました。
PM(プロジェクトマネーシャー)を中心に顧客のニーズを捉えて、顧客の本質的な課題解決が出来ていたことから多くの取引先から信頼を頂けたことで、資金調達はせずに受託開発費用で会社の成長に向けた投資を行うことができました。

SaaS事業を中心に自社サービスを立ち上げて、3事業が自社サービスとして大きく成長していきました。

1つ目の事業が、訪問診療におけるスケジュール管理や移動を楽にする「CrossLog(クロスログ)」です。
医療系企業の共通課題として挙がっていた、訪問診療ルートの作成に多くの時間を要しているという課題を解決するサービスです。事務員が多くの時間を割いていた作業をシステムで簡略化することで、訪問診療の最適ルートを作成することができるサービスになります。
この事業はdiffeasyを株式譲渡する際に、この事業は当時の取締役で事業責任者の宮原さんが買い取る形で事業譲渡をしています。

2つ目の事業は、競技の大会運営を簡略化することができる「大会運営向上心」というサービスです。
私も兄も格闘技をやっていたことから、大会運営が未だにアナログであることを感じていました。例えば、大会毎にエントリーシートを作成しなければならず、過去の成績を手書きで書かなければなりません。また、試合時間も運営本部の場所にあるトーナメント表がある場所で確認するということが当たり前でした。
これらを紙ではなくデジタル化することによって、選手はスマホで次の予定を確認できるようになり、今まで発生していた無駄を削減することができました。一度このサービスを利用した運営者や、大会参加者からのリピートで事業は拡大しました。剣道、空手、バドミントンからeスポーツまで幅広い大会で利用されていました。(現在はサービス停止中)

3つ目の事業は「目標達成マンダラート」というサービスです。
目標を要素分解して、自身が叶えたい目標を分析して達成まで、チームメンバー全員で支援するようなサービスです。これは大谷翔平選手も取り入れていたというものです。
こちらは、個人とチームの目標を達成するためのサービスとして、多くの方にご利用頂けました。(現在はサービス停止中)

M&Aプロセス

『大会運営向上心』が利用される大会には、役員も現地に足を運びユーザーの声を聞いてサービス改善に繋げていました。
コロナ禍になり競技大会の数が減少。多くの競技が観客収益で成り立っていたため、大会に観客を入れられない状況が続いて大会運営者の収入は激減していました。

そこで海外のスポーツベッティングの成功事例を見つけて、もし日本国内のアマチュアの大会で行うことができればアマチュアスポーツの新たな収入源になると確信しました。
しかしながら、そこには法務面で大きなリスクがある点と多額の費用が必要であることから、株式会社diffeasyのM&Aを考え始めます。

売却先は自社で探すのと並行して仲介会社にお願いしました。
売却先としては上場企業で資金力があり、ワクワクするような挑戦をしている会社にしようと決めていました。我々の会社が「GAFAを超えるような企業になる」と目標にしていたことで、社員も仕事に対して前向きな姿勢で能動的に動いている人が多かったため、社員との相性を考えてチャレンジングな会社が良いと考えていました。

売却先候補としては5社ほどあった気がしますが、最終的にiBankマーケティング株式会社(株式会社ふくおかフィナンシャルグループ傘下)に株式譲渡をしました。
一般的に銀行と聞くとワクワクからはかけ離れているように思われるかもしれませんが、株式会社ふくおかフィナンシャルグループ(通称:FFG)はお金の管理を手軽にできるSNS『みんなの銀行』を立ち上げようとしているタイミングで、ワクワクするような挑戦をしようとしている点がリンクすると感じました。秀逸なUIデザインとスマホ1つでキャッシュカードが無くてもコンビニでお金引き出すことができる画期的なサービスです。
実際に当社の社員はこちらの事業に携わっており、新たな挑戦をしているようです。

対照的に、私たちが始めようとしていたスポーツベッティング事業は、日本の法人で行おうとすると賭博関連の法律に抵触してしまうという難しい状況でした。
そのため私と兄はアイルランドで法人を設立して、オランダのキュラソー島のスポーツベッティングのライセンスを取得します。そこで海外サーバーから、日本の小規模な競技大会でスポーツベッティングが実現できないかと動きましたが、私たちが取得したライセンスではその実現が難しく、この事業を断念して私自身は新たな挑戦に向けて動いています。

新たな挑戦

『KEEP STRAIGHT INNOVATION.』を目指して、株式会社straightを創業しました。
会社としては小売業に特化したSaaSサービスを世の中に届けていきたいと考えています。というのも、私の起業家の始まりであるお米屋も小売業です。そして、気づいたことは「小売業は救われてない」という事実です。一般的にITリテラシーが低く、DX化が苦手なこの業界の課題を解決するサービスをつくり、小売業に恩返しをしたいと考え新規事業を立ち上げています。電子帳簿保存法の改正や2023年の今年よりインボイス制度が開始されることもり、小売業界DX元年となると見越しています。小売業特有の社員に依存しない、お客さんと小売店を繋ぐSaaSサービスをリリース予定です。
また、日本ではエンジニア不足を課題に感じられている企業も多いことから、フィリピンの優秀なエンジニアの紹介を並行して行っています。

これからもユーザーの声を大切にして、とことん泥臭くサービス開発をしていきたいと考えています。日本に限らず世界の課題も解決するようなサービスを提供し続けていきたいです。

M&Aを考えている人へのアドバイス

会社情報を整理整頓しクリーンにしておくことですね。
株式会社diffeasyの場合は、Googleドライブを活用して“どの情報がどこにあるか”を常に整理していました。

一般的にデューデリジェンスに多くの時間を要しますが、私たちの場合は会計士の方・弁護士の方に必要な権限を与えるだけで見ればわかる状態を作っていたためスムーズにデューデリジェンスを完了することができました。
先方の先生方から「困った時には連絡します」と言われてはいましたが、特に大きな問題が発生することはありませんでした。

こういった体制構築に関しては、設立当初からおこなえるとベストですね。当社は起業とほぼ同時期に顧問で社労士、会計士、弁護士の先生と体制構築設計していました。

白石篤司氏の活動

■株式会社straight
https://straight.systems

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